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書評のブログ。

【書評】「江夏の21球」(スローカーブを、もう一球)(山際淳司)を読んでの感想

はじめに

有名なスポーツ・ノンフィクションの作品です。

著者の山際淳司さんはスポーツノンフィクションで有名なライターの方です。
スローカーブをもう一球」には他にも読みごたえのある作品が入っています。

沢木耕太郎さんの作品や、後藤正治さんの作品などのスポーツを取り扱ったノンフィクションの本が好きで、ぜひ読んでみたいと思いました。

本作品は、1979年の日本プロ野球の日本シリーズ第7戦をとりあげたものです。
広島の江夏豊投手が9回裏に登板した場面が舞台です。
近鉄と広島の攻防と、その裏の心理やエピソードが細かく描写されていきます。
アウトカウントが増えたり、ランナーが進塁したりと場面が変わっていくたびに、引き込まれました。

目次

全体の感想

試合の結果を知っていても楽しめることに驚かされました。
スポーツ観戦の醍醐味はリアルタイムでみることだと思っていたので、結果が出たあとの文章による作品はどうしても入り込めない場合が多いと思ってたんですね。
この作品を読んだ後には、その認識を改めることになりました。
丁寧に取材された内容をまじえて、試合の場面を描いていくのを読むのは本当に楽しいんですね。
試合の説明や解説ともまた違うと思える、魅力が詰まっていました。

野球の9回裏ですから、ごく短い時間です。
その短い時間の濃密さが伝わってくるんですね。

キーワード3選

  1. 江夏豊さん
  2. 3塁ランナー
  3. 監督(古葉監督、西本監督)

1.江夏豊さん

この作品の中心でった人物です。
阪神、南海、広島、日本ハム、西武とプロ野球チームを移籍し、活躍された大投手です。先発とリリーフという二つの役割で実績を残されたこともその素晴らしさを物語っています。

江夏さんがどのようなことを思い、1球1球投げていたのかということを知るのが本当に興味深い。目に映っているのは、相手の打者だけではないんですね。
自軍の監督、ブルペン、ランナー、相手のベンチ、味方の野手と様々なことに意識を向けて、考えています。野球は間がはいるスポーツなので、そこに心理描写がはいってくると、試合へ引き込まれる感じが何倍にも高まります。

2.3塁ランナー

ランナーが3塁にいるという状況が重要なんですね。
最終的には満塁になるのですが、最初に3塁にランナーが達した際の緊張感の高まりはすごいですね。
1点もやれない状況で、限りなくその1点に近い位置にランナーがいる緊張感の中で1球1球を追うのは、野球観戦の醍醐味かもしれないなと思いました。

3.監督(古葉監督、西本監督)

両監督の采配も見どころです。
名将同士が最高の局面で、知慮を駆使しているのは読みごたえがあります。
試合後の回想のコメントも組み込まれ、こちらも何とも興味深いです。
監督のコメントは、答え合わせのような雰囲気もあるように思えます。
こう解いてみたが、試合結果(答え)はどうだったかというように。

印象に残った文章

'勝てると思うとった。当たり前やろ。ノー・アウトなんやで。ランナーが三人いるんや。勝てるはずだ'

> 「スローカーブを、もう一球」(角川書店)より引用

西本監督のコメントです。
何故かはよく分からないのですが、非常に印象に残りました。

おわりに

スポーツを書いたものが、こんなにも面白いんだと思わせてくれる作品の一つだと思います。
リアルタイムで観戦している時にはわからないことが、試合の内容に深みを与えてくれるのではないかと思うのです。
他にも、「一瞬の夏」(沢木耕太郎)や、「牙」(後藤正治)といった作品に通じるものがあるように思っています。
スポーツ・ノンフィクションというジャンルの本を読んでいくのはすごく楽しいと思うので、ぜひ読んでみてほしいです。