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書評のブログ。

【書評】「たった一人のオリンピック(スローカーブを、もう一球)」(山際淳司)を読んでの感想

はじめに

山際淳司さんが書かれたスポーツノンフィクションの作品です。
モスクワオリンピックを目指していたボートの選手について書かれたものです。

目次

キーワード3選

本作品の主人公である津田真男さんは、23歳でボート競技を始めます。
そこからオリンピックを目指すというのは本当に信じられないことなのですが、目標に向けて邁進していく姿が描かれます。
背後にあったものは、欲であったのだと思います。
オリンピックに出たい、金メダルをとりたい、自分というものを世の中に知らしめたいといったシンプルな欲です。
20代後半を競技中心とし、生活も苦しい。
苦しさを跳ね除け、目標に進む姿には、圧倒されます。

対極

モスクワオリンピックに日本は参加しませんでした。
津田さんはボート選手としてオリンピックに参加することが叶わなかったのです。
時代に翻弄されたと言えます。

華やかな舞台にあがることなく、スポーツの世界から去っていきます。
オリンピックで注目された選手や脚光を浴びたプロスポーツの選手とは対極の存在だと思います。
スポーツノンフィクションを読もうと思うときに目にするのは注目を浴びている選手であることがほとんどです。
その対極にある選手の姿をとりあげているというところがこの作品の凄みになっていると思います。

書く技術

津田さんは、1人でトレーニングをすることを決めて、進んでいきます。
大学や、実業団といった組織に属することなく、コーチにも教えを受けません。
組織に属さないが故に、合理的に競技を突き止めていきます。

山際さんが津田さんを取材の対象とし、深く掘り下げてノンフィクションを書いたということに驚きました。
華やかなスポーツの舞台を中心とはせず、1人で突き進む人間に着目したのは何故だったのかということが疑問でした。

読後、素晴らしいノンフィクションを書く技術というものとはこういうことかと噛みしめるような思いになりましたね。

印象に残った文章

自分のため、ただそれだけです。

スローカーブを、もう一球」(角川文庫)より引用

全てはこの言葉の集約されると思います。
納得できたように思うんですね。
辛いことも、孤独も、努力も。

この1文からは清々しさを感じることができました。

おわりに

スローカーブを、もう一球」という本には、有名な江夏の21球もはいっています。
プロ野球の日本シリーズはスポーツで最も人の目を集める舞台の一つです。
その対極とも言える場所で競技に打ち込み、進んでいく選手についての作品が入っているということに、山際さんという書き手の仕事の深さを感じました。

スポーツノンフィクションが好きな方には、是非読んで頂きたい1冊です。