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書評のブログ。

【書評】「ごはん(父の詫び状)」(向田邦子)を読んでの感想

はじめに

「ごはん」は、「父の詫び状」に所収されている一篇です。
著者の向田邦子さんは、有名な放送作家だった方ですね。

目次

全体の感想

向田さんのごはんにまつわる思い出が書かれています。
子供の頃のお話で、静かな雰囲気のエッセイとなっています。

キーワード3選

  1. 畳の上
  2. とっておきの白米
  3. 昼寝

本作品のキーワードは以下の3点になると思っています。

1.畳の上

戦時中に火事の家の中を土足で駆け回る描写があります。
戦争の凄まじさが伝わってくるシーンです。
少し、冷めた視点で書いている向田さんが印象的でもあります。

2.とっておきの白米

ごはんを炊き上げるシーンがあります。
細かい描写はないのですが、何故かおいしそうなごはんがイメージできるんです。
不思議です。

3.昼寝

このエッセイと言えば、昼寝だと思います。
ごはんを食べた後の家族そろっての昼寝のシーンは忘れられません。

印象に残った文章

"掃除なんかよせ。お前も寝ろ"

> 父の詫び状(文藝春秋)より引用

キーワードの最後に挙げた昼寝のシーンの一文です。
食事後、家の中を掃除しようとするお母さんに向けたお父さんの言葉です。
この一文に圧倒されました。

おわりに

思い出のごはん2つは、いずれも明るいものではないと思います。
でも、不思議と沈んだ気持ちにはならないんですね。

これは向田さんの視点によるものではないでしょうか。

ぜひ、一度読んで味わってほしいエッセイです。

 


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【書評】「「小さな旅」(眠る盃)」(向田邦子)を読んでの感想

はじめに

本作品は、向田邦子さんのエッセイ集「眠る盃」に収められている一編です。

目次

全体の感想

旅行中の表現がとてもいいんです。
文章は短いのですが、とても印象に残るエッセイです。
旅が好きな方に一度は読んでいただきたいです。

印象に残った文章3選

印象に残った文章を3つ、挙げたいと思います。

1.'...やはり緑の色も違っているわ、と自分に言い聞かせる。'

> 「眠る盃」(講談社文庫)より引用

田舎の風景を旅の楽しみにしている心情をあらわした表現です。
一読して、これ分かる、と思いました。
少し無理をして自分に言い聞かせ、気分を上げる経験は多くの人にあると思うのです。
向田さんが同じ感情を書いているというのが、何となくいいな、と。

2.'トランプのカードを切るように、四角い景色が、窓の外で変わってゆく。'

> 「眠る盃」(講談社文庫)より引用

電車の窓から見る景色が頭に浮かぶ表現だと思います。
この1文を読むだけで、電車に乗っている気分が呼び起こされます。

3.'帰り道は旅のお釣りである。'

> 「眠る盃」(講談社文庫)より引用

そうだな、と思います。
お釣りというのがぴったりですね。
旅の帰りの気分的確に言い表しているなと思いました。

おわりに

短い一篇ですが、読後感は気持ちが軽くなります。
旅に出た時の気持ちを思い出させてくれます。
こういったエッセイもいいものだな、と。

ちなみに、「眠る盃」の中では、以下のエッセイも好きです。

  • 字のない葉書
  • 味醂干し
  • 檜の軍艦
  • 娘の詫び状
  • 中野のライオン
  • ツルチック

是非、読んでみてください。

 


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【書評】「柔らかな犀の角」(山崎努)を読んでの感想

はじめに

俳優の山崎努さんによる本についてのエッセイ集です。
1編の中で、2-3冊の本について書かれています。

本書を知ったきっかけは、「ほぼ日刊イトイ新聞」の山崎さんへのインタビュー記事でした。
山崎さんは有名な作品に出演されている方なので、どんな本なのだろうと気になって読みました。

目次

全体の感想

何よりも山崎さんの文章がいいんですね。
読みやすく、メリハリがよいさじ加減だと思います。
1篇ずつの長さも丁度よくて、ずっと読み続けられる、そんな本でした。

形式としては、日記のように書かれています。
一つのテーマごとに日付(厳密に日付がふってあるわけではないのですが)を変えて書かれているので、場面の転換が分かりやすいんですね。
山崎さんの読書メモを続けて読んでいるような印象にもなります。

俳優の方の著書の特徴と思うのは、ご本人の声をイメージできるということだと思うんです。
山崎さん本人が話しているような印象を受けます。
普通、作家さんの声をイメージすることはないので、俳優の方が書かれた本の独特の味わいになっていると思います。

また、重要なのは、読んだ本の中に出てくる人物の言葉だと思います。
深い洞察によって選ばれたであろう言葉に、ハッとさせられます。

本への評価が厳しい箇所もあって、読書が本当に好きな人なんだろうなというのも伝わってくるように思いました。

印象に残ったエッセイ5選

  1. 戦時下の娘、兵士、父親の感情
  2. 貧乏職人の恋
  3. 天、夕暮れ、飛行機
  4. 食べる
  5. おもしろい身の上話

1.戦時下の娘、兵士、父親の感情

戦争の関する本についての1篇です。
重みのある文章になっていて、戦場の場面の引用が迫力があります。

2.貧乏職人の恋

山崎さんの貧しさへの感想が興味深いですね。
こんな貧乏はまだ甘いというような書かれ方をしています。
バーナード・マラマッドの「喋る馬」は読んでみたい本になりました。

3.天、夕暮れ、飛行機

空につながる本の感想が書かれた1篇です。
作家と飛行機というテーマで書かれた箇所が印象に残っています。

4.食べる

中村安希さんの「食べる」という本の感想が秀逸です。
すごくおいしそうな朝食、なじみのある日本食や、アフリカの穏やかじゃない食べ物など。
幅のある食べ物の話を一気に味わえるのも、本ならではな気がしました。
あと、山崎さんの描写する食べ物が不思議といいんですね。

5.おもしろい身の上話

プロ野球選手の関根順三さんの著書について書かれた1篇です。
関根さんの人柄を好んでいる山崎さんの文章がいいんです。
お二人に通じるものがあるのだろうなと思います。
町人の野球という表現がいいな、と。

印象に残った文章

'要するに、好きはもともとあるのではない、好きになるのは大変だということ。'

> 「柔らかな犀の角」(春秋文庫)より引用

工藤公康さんの著書を読んで、書かれた言葉です。
人生をゆったりと生きようという考えが本書の背景にあるように思います。
しかし、この文章は少しその考え方とは違う、仕事への厳しさを伝えるものになっています。
山崎さんの軸になっている考え方がうかがえる箇所になっていると思い、頭に残りました。

おわりに

本書を読むと、読んでみたい本がどんどん出てきます。
野球に関するものが多い印象です。
イチローさん、石井琢朗さん、工藤公康さん達にふれられたエッセイもあります。

広いテーマの本がとりあげられているので、読書の幅を広げたい方にはぜひ読んでいただきたいです。

【書評】「アンパンマンの遺書」(やなせたかし)を読んでの感想

はじめに

アンパンマンの作者、やなせたかしさんの自伝です。
やなせさんが、どんな方か詳しく知りたいと思い、本書を手にとりました。

目次

全体の感想

やなせたかしさんのファンには、読んで充実感の得られる一冊となっていると思います。
"想像と違った"というのが一読後の感想。
また、有名な方のお名前がたくさん出てきて、驚きました。

読み進めていくと、やなせさんの人生が少しずつアンパンマンの方向に向かっていくようでした。
青春時代、戦争、家族、人との出会い、仕事、詩、漫画、絵本。
アンパンマンには、全部が詰まっているのだな、と思えました。

本書に登場される方の中で印象に残った方、3名

本書に登場される方の中で印象に残った方、3名のお名前です。

  1. 手塚治虫さん
  2. 立川談志さん
  3. 永六輔さん

1.手塚治虫さん

手塚治虫さんから劇場版アニメーションのキャラクターデザインを依頼されたエピソードが載っていました。
電話がかかってきて指名されたのだそうです。
この時に初めて、アニメーションのお仕事をされたというのにも驚かされます。

2.立川談志さん

漫画や絵本の関係ではなく、テレビ番組で共演されていたそうです。
お二人に接点があったのには驚きました。
立川談志さんの勉強家な一面が書かれていました。

3.永六輔さん

永六輔さんともお仕事をされていたそうです。
こちらは舞台だそうです。
やなせたかしさんのお仕事の幅の広さには驚くばかりです。
まだ、永六輔さんとの思い出では、アンパンマンが生まれる前のやなせさんの仕事へのスタンスが垣間見られます。

キーワード3選

やなせさんの自伝のキーワードだと思ったのは、以下の3点です。

  1. 戦争
  2. 会社員
  3. サンリオ

1.戦争

第2次世界大戦中に従軍されていた時代のエピソードがあります。
戦争の体験はどの方のものでも、辛いものです。
やなせさんの体験から、戦争の凄惨さが伝わってきました。

2.会社員

やなせさんは、独立される前に会社員をされていました。
会社員時代のやなせさんは若くて、つっぱっていたそうです。意外でした。
若気の至りとやなせさんも書かれていますが、不思議と親しみが湧いたように思います。

3.サンリオ

サンリオから出版されていた「詩とメルヘン」という月刊誌の編集にも携わっておられたそうです。
サンリオとのつながりがやなせさんにとっての転機であったことが書かれていました。

印象に残った文章

'逆転しない正義とは、献身と愛だ。'

> 「アンパンマンの遺書」(岩波現代文庫)より引用

戦争中に従軍されていたやなせさんの実感がこもっていると思います。
この哲学はアンパンマンにもつながっていると感じました。
アンパンマンをみたことがある人はそう思うような気がします。

おわりに

本書を読むと、やなせさんのお人柄がよく分かります。

本編も読みごたえのある本ですが、あとがきのやなせさんの言葉もすごくいいんです。
ぜひ多くの方に手にとってみて欲しい本です。

 

 

【書評】「遅咲き(後藤正治ノンフィクション集 第10巻)」(後藤正治)を読んでの感想

はじめに

仰木彬さんについて書かれたノンフィクションです。
イチロー選手が在籍していた頃の、オリックス・ブルーウェーブの監督というイメージではないでしょうか。
本作品では、仰木さんの生い立ちから、晩年までの来歴が丁寧に書かれています。
登場する方々も魅力のある方ばかりです。
パ・リーグを代表する名監督だった方の、来歴を詳しく知りたいと思い、本作品を読むことにしました。

目次

全体の感想

仰木彬さんのイメージが変わる作品だと思いました。
粋で、勝負強い、頭がよくて、度胸がある、名監督の代名詞みたいなイメージを持っていました。
しかし、監督になるまでには、長い間コーチとしての下積みとも言える時間があったんですね。
自分が選手として所属した西鉄ライオンズ西武ライオンズの前身であり、福岡を本拠地としていたプロ野球球団です。)ではなく、近鉄バファローズで過ごす時間が長かったのです。
その裏には苦労、忍耐、諦念、鬱屈のようなものがあったことが分かります。

キーワード3選

  1. 他人のメシを食う
  2. 西本幸雄監督
  3. 日本シリーズ

1.他人のメシを食う

西鉄ライオンズ内野手であった仰木さんの師匠に当たる人物は、当時の監督であった三原修さんです。
引退後の仰木さんは、西鉄でコーチを務めた後、三原さんに呼ばれる形で近鉄でコーチに就任するのですが、三原さんは他チームへ移っていかれます。
別々のチームでコーチをすることになった仰木さんに対して、三原さんが言った言葉が、「他人のメシを食う」ことを覚えた方が良いのではないかというものでした。

仕事をする人に共通する感覚だと思うんですね。
基本的に、仕事をするときには誰かを頼ることはできないわけですから。
仰木さんが三原さんから離れて、独立した指導者として生きる上でのアドバイスであったのだと思います。
(当時の仰木さんにこの考え方が頭になかったわけではないとも思うんですよね。でも、三原さんは敢えてこの言葉を言ったような気がします。)

2.西本幸雄監督

西本幸雄監督もパ・リーグを代表する名監督であった方です。
大毎オリオンズ、阪急ブレーブスでリーグ優勝し、近鉄バファローズで監督をされていた時に、仰木彬さんと仕事をされたんですね。
仰木さんは、選手時代には、あまり縁のなかった人物を上司にして、仕事をすることになったわけです。
西本監督からみた仰木さんというのも気になっていたので、読めて嬉しかったです。

3.日本シリーズ

仰木さんは、監督として、1989年、1995年、1996年の3度、日本シリーズに出場しています。
1996年には、日本一になっています。日本一を決める試合の、重要な局面での心理描写は読みごたえがあります。

どの日本シリーズも印象に残るものなので、ぜひ知っていただきたいですね。

コーチとしても仰木さんは日本シリーズに出場しているのですが、
あの「江夏の21球」で有名な広島と近鉄日本シリーズなんです。
江夏の21球」で描かれた9回裏の近鉄の攻撃の際に、3塁ベースコーチをされていました。
歴史に残る名場面に関わっていたというのが、なんともすごいな、と。

印象に残った文章

'自分の意見をあまりいわなかったというのは、監督の意思を汲み取って実行するのがコーチだと思っていたから。'

> 遅咲き(後藤正治ノンフィクション集 第10巻)(ブレーンセンター )より引用

監督時代の仰木さんはアイディア豊富な方であったのですが、コーチ時代はそういった面を見せなかったそうです。
長くコーチを勤めて、生活をしてきた人物の根っこにあった考え方であったと思いました。
この考え方が、監督になっても活きたのだと思いますし、仰木さんという人物の性格を形作ったのではないかとも思うのです。

おわりに

監督になるまでの足跡からは、長い間、自分の役割に徹し、苦労を表に出さない人であったことが伝わってきました。
早くから監督になることを望まれていたようなイメージを持っていたので、意外でした。
じっくりと実を結ぶまで、耐えていた人物です。
仰木さんの人物像に深みが増して感じられ、改めて粋で格好のよい方だったというイメージが残りました。
その足跡から、不思議と励まされたような気になる作品でした。

 


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【書評】「「食らわんか」(夜中の薔薇)」(向田邦子)を読んでの感想

はじめに

「食らわんか」は向田邦子さんの「夜中の薔薇」という本に所収されている1篇です。
向田邦子さんは、有名な放送作家だった方ですね。
小説やエッセイ集も多く出版されていて、「夜中の薔薇」もその一冊となっています。
「父の詫び状」を読んで、向田さんのエッセイが好きになり、続けて読んだ本でした。

目次

全体の感想

「食らわんか」は向田さんのおすすめのレシピ集のような一篇です。
つくって食べてみたくなる。そんな料理ばかりです。
日本の料理が多く、うっすらと味がイメージできるのではないかと思います。
食べ物のエッセイが好きな人にはおすすめの一編です。

キーワード3選

キーワードは以下の3点になると思います。

  1. くらわんか
  2. 海苔弁
  3. 豚鍋

1.くらわんか

この一篇のタイトルです。
どうしてこのタイトルになったのか?
その理由がきちんと書かれていますし、数々の料理のレシピが出てくる展開ともしっかりつながっています。
詳細はぜひ、読んでみて欲しいなと。

2.海苔弁

向田さんの海苔弁は本当においしそうです。
他のエッセイでも食べ物が出てくることがあるのですが、
次の3つは向田さんの中で特別な位置にあるのではないかと思っています。

  • ごはん
  • 海苔
  • お醤油

この3つが入ってくる海苔弁ですから、間違いないなと。
さらには、おかずも入ってきます。
お弁当の描写が本当に美味しそうなんです。

3.豚鍋

豚肉とほうれん草を使った鍋料理のレシピが出てきます。
こちらも美味しそうですし、何より手軽な料理となっています。
一番、作って食べたくなった料理ということで、キーワードとして挙げてみました。

印象に残った文章

醤油と酒にしょうがのせん切りをびっくりするくらい入れて、カラリと煮上げる。

> 「夜中の薔薇」(講談社)より

肉の生姜煮の調理法です。味がぱっと頭に広がるような描写だと思います。

こんな表現がたくさん出てきます。

おわりに

「夜中の薔薇」には「食らわんか」以外にも以下のような魅力的なエッセイが収録されています。

  • わさび
  • 海苔と卵と朝めし
  • 残った醤油
  • 楽しむ酒
  • ベルギーぼんやり旅行

(他にもたくさんあります。)

個人的には、食べ物に関するエッセイが印象に残るエッセイ集かなと思います。
ぜひ、向田さんの食べ物のエッセイにご興味がある方は読んでみてください。

 


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【書評】「江夏の21球」(スローカーブを、もう一球)(山際淳司)を読んでの感想

はじめに

有名なスポーツ・ノンフィクションの作品です。

著者の山際淳司さんはスポーツノンフィクションで有名なライターの方です。
スローカーブをもう一球」には他にも読みごたえのある作品が入っています。

沢木耕太郎さんの作品や、後藤正治さんの作品などのスポーツを取り扱ったノンフィクションの本が好きで、ぜひ読んでみたいと思いました。

本作品は、1979年の日本プロ野球の日本シリーズ第7戦をとりあげたものです。
広島の江夏豊投手が9回裏に登板した場面が舞台です。
近鉄と広島の攻防と、その裏の心理やエピソードが細かく描写されていきます。
アウトカウントが増えたり、ランナーが進塁したりと場面が変わっていくたびに、引き込まれました。

目次

全体の感想

試合の結果を知っていても楽しめることに驚かされました。
スポーツ観戦の醍醐味はリアルタイムでみることだと思っていたので、結果が出たあとの文章による作品はどうしても入り込めない場合が多いと思ってたんですね。
この作品を読んだ後には、その認識を改めることになりました。
丁寧に取材された内容をまじえて、試合の場面を描いていくのを読むのは本当に楽しいんですね。
試合の説明や解説ともまた違うと思える、魅力が詰まっていました。

野球の9回裏ですから、ごく短い時間です。
その短い時間の濃密さが伝わってくるんですね。

キーワード3選

  1. 江夏豊さん
  2. 3塁ランナー
  3. 監督(古葉監督、西本監督)

1.江夏豊さん

この作品の中心でった人物です。
阪神、南海、広島、日本ハム、西武とプロ野球チームを移籍し、活躍された大投手です。先発とリリーフという二つの役割で実績を残されたこともその素晴らしさを物語っています。

江夏さんがどのようなことを思い、1球1球投げていたのかということを知るのが本当に興味深い。目に映っているのは、相手の打者だけではないんですね。
自軍の監督、ブルペン、ランナー、相手のベンチ、味方の野手と様々なことに意識を向けて、考えています。野球は間がはいるスポーツなので、そこに心理描写がはいってくると、試合へ引き込まれる感じが何倍にも高まります。

2.3塁ランナー

ランナーが3塁にいるという状況が重要なんですね。
最終的には満塁になるのですが、最初に3塁にランナーが達した際の緊張感の高まりはすごいですね。
1点もやれない状況で、限りなくその1点に近い位置にランナーがいる緊張感の中で1球1球を追うのは、野球観戦の醍醐味かもしれないなと思いました。

3.監督(古葉監督、西本監督)

両監督の采配も見どころです。
名将同士が最高の局面で、知慮を駆使しているのは読みごたえがあります。
試合後の回想のコメントも組み込まれ、こちらも何とも興味深いです。
監督のコメントは、答え合わせのような雰囲気もあるように思えます。
こう解いてみたが、試合結果(答え)はどうだったかというように。

印象に残った文章

'勝てると思うとった。当たり前やろ。ノー・アウトなんやで。ランナーが三人いるんや。勝てるはずだ'

> 「スローカーブを、もう一球」(角川書店)より引用

西本監督のコメントです。
何故かはよく分からないのですが、非常に印象に残りました。

おわりに

スポーツを書いたものが、こんなにも面白いんだと思わせてくれる作品の一つだと思います。
リアルタイムで観戦している時にはわからないことが、試合の内容に深みを与えてくれるのではないかと思うのです。
他にも、「一瞬の夏」(沢木耕太郎)や、「牙」(後藤正治)といった作品に通じるものがあるように思っています。
スポーツ・ノンフィクションというジャンルの本を読んでいくのはすごく楽しいと思うので、ぜひ読んでみてほしいです。