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書評のブログ。

【書評】「海苔と卵と朝めし(夜中の薔薇)」(向田邦子)を読んでの感想

はじめに

向田邦子さんの子供の頃の食べ物について書かれたエッセイです。
朝ごはんの光景が描かれます。自分はその場にいないのに、何故か見たことがあるような気になってしまいます。
バタバタしたエピソードが語られているのに、おちついた雰囲気も感じられます。

目次

キーワード3選

家族のルール

家族特有のルールってあると思うんですよね。
このエッセイでは、ルールがいくつか語られています。
海苔の枚数、子供のご飯の食べ方など。
面白いんですね。
意外であったり、共感できたりします。

海苔

向田さんの弟さんと海苔とのエピソードが微笑ましいんですね。
身近な食べ物と家族の思い出は向田さんのエッセイによく出てきます。
向田さんらしい雰囲気の文章だと思います。

静かさと活気

家族で過ごす朝食の時間は独特の活気があるということが書かれています。
この辺は、分かるなあと思いました。
同時にある静けさもあったということが語られてるんですね。
時代的なこともあるんだとは思うんですが、自分もそのシーンを見たことがあるような気がしてきました。
不思議な感じがします。

印象に残った文章

はじめての男の子だったこともあり、気短な癖に子煩悩な父が、…

「夜中の薔薇」(講談社文庫)より引用

向田さんのお父さんはエッセイに何回も描かれています。
お父さんの性格の芯の部分が書かれている箇所だと思うんですね。
他のエッセイで、お父さんのエピソードを読むと、この箇所が頭に浮かびます。

おわりに

子供の頃に家族の中にあった独特の雰囲気が伝わってきます。
誰にでも、このような思い出があるんじゃないでしょうか。
さらっと描かれてるんですが、多くの人に共通することを思い出させる力のある文章だなあ、と思いました。

【書評】「逃げる(長城のかげ)」(宮城谷昌光)を読んでの感想

はじめに

劉邦項羽の戦いのクライマックスの部分が描かれた作品です。
描かれるのは、表ではなく、裏。
項羽の姿が中心ではなく、項羽の配下の武将、季布の物語になっています。

目次

キーワード3選

逃げることについての深い洞察を感じる

戦場から逃げる人間の心理が細かく描かれます。
どう思い、判断し、行動するのか。
逃げることをを深く具体的に考えたことがなかったので、面白く読めました。
そして、逃げ方を説くのは、劉邦なんですね。
追うものが逃げ方を熟知していたという構図も読み応えにつながっていたな、と。

劉邦

劉邦は、季布にとって最大の敵です。
季布は、項羽を信じて戦いますが、敗れてしまう。
逃げた先にいたものが劉邦であるという史実は何とも皮肉です。
劉邦と季布との対話の場面も秀逸で、印象に残っています。

老人

逃亡中に迷った季布に道を示す人物がいます。
全てを知っているような口ぶりで道を示す姿は異様ですが、どこか信頼できるような雰囲気なのです。
仙人を思わせるような人物が現れることで、古代中国の不思議な情景が浮かび上がるように思いました。

印象に残った文章

"「そんないい馬をつれて歩いていたら、めだつぞ。」"

「長城のかげ」(文春文庫)より引用

道を示してくれた老人の言葉です。
本気で逃げようと思い、逃げ方を知っていたなら、目立つことを最も嫌うはずです。
そうしない季布が逃げなれていないこと、そして、逃げる気持ちが薄いことを示す場面となっていたように思います。
老人に示された道は、季布にとって目的地となります。
老人の正体は分かりませんが、季布にとっての大きな転機を運んだ会話の中の言葉として印象に残っています。

おわりに

始めの一文から物語の世界、戦場の真っ只中におかれたような気持ちにさせられた作品でした。
逃げた先でどうなっていくのかという、展開にも引きこまれます。
古代中国の雰囲気も漂い、豪傑も次々に登場し、歴史上の人物の凄みにも触れられる。
劉邦項羽の物語を知らなくても十二分に楽しめるのではないでしょうか。
おすすめの短編です。

【書評】「皇甫嵩(三国志名臣列伝 後漢篇)」(宮城谷昌光)を読んでの感想

はじめに

皇甫嵩という人物については、この作品を読むまでは知りませんでした。
三国志に登場する人物であるというくらいの知識で読み始めました。

余談になりますが、皇甫嵩の名前を単語変換で1回で変換できました。
内容とは関係ないですが、どれくらい有名なのかというのを知った気がします。

目次

皇甫規

叔父の皇甫規が重要な人物でした。
兵法の師匠という感じです。
父親と比べて優れているというのが、皇甫嵩の見立てです。
人物を見る目を持っていたことを間接的に表現されていたように思います。
血縁者との関わりが人生に大きな影響を与えるのが、古代中国らしいなと感じました。
兄弟も今と比べると多いですし、色んな人物が親類にいるんですね。

文武に優れている

中国の偉人らしく、書物を多く読んで学んだ人物であったそうです。
将軍として活躍もした、言わば文武両道の人なんですね。

董卓

董卓との人生が交差するところが、クライマックスになっています。
武将として、戦場や政治の世界で関わっていて、興味深かったです。
人生の捉え方が色濃く、立場に反映されています。

おわりに

最後は、運命を受け入れて生きていくように見えました。
その根底にあったのが、書物であったという書かれ方が印象的でした。
当時傑出していたとされる人物の思想の拠り所だったんだな、と。

淡々として、静かに終わるところ、読後感がいいですね。

【書評】「何進(三国志名臣列伝 後漢篇)」(宮城谷昌光)を読んでの感想

はじめに

中国の漢(後漢)の時代の人物について書かれた短編です。
主人公である何進は、元は肉屋の倅であったのですが、妹が皇后となったことにより、宮中にはいり、将軍にまでなります。
理解しがたい出世の話です。
何進は宮中で能力を発揮し、やがて始まる漢の終末の動乱に巻き込まれていきます。
古代の中国らしく、権力の奪い合いや謀略が数多くめぐらされ、その中を何進は進んでいくのです。

あまり、詳しくはないのですが、三国志にも何進は登場します。
序盤に出てくる人物ですが、ここまで深く掘り下げられているのには、正直驚きました。

運命に翻弄されるように、国が壊れていく様を止める旗振り役となった何進の物語です。

目次

キーワード3選

血縁

何進が出世できたのは、何よりも妹が宮中にはいり、皇后となったおかげです。
動揺に何進の家族は宮中に入り、それまでとは別世界と言ってよい暮らしをするのです。
また、妹が皇帝の子を産んだことにより、次代の皇帝を選ぶ争いにも巻き込まれます。
血縁が重要視され、家族の生きざまがお互いに大きく人生へ影響する様相は、異様にも思えました。

人の不合理さ

合理的に生きられない人々の姿も印象に残ります。
自分の全財産を娘のために賭けてしまう何進の母親の姿が最たるもののように思えました。
欲に忠実であるといえばそれまでですが、理解しがたい部分もあります。
客観的に、見つめていた何進が出世したというのも、何とも興味深いことです。

袁紹

何進三国志の史実の中で、はやくに暗殺されてしまいます。
袁紹は、何進により官途につき、協力して宦官を抑えようとした間柄です。
何進は歴史の舞台からは去りますが、袁紹大きな物語の中に身を移していくのです。
2人の運命からは、史実の面白さが感じられると思います。

おわりに

三国志の始まりのストーリーでもあるなと思いました。
何進という人物への関心はあまりなかったのですが、このような興味深い人物がいたのかと驚きました。
史実には多くの人物がいますが、それぞれの物語を追っていくと、歴史を多面的に捉えられることが分かります。
歴史の面白さが凝縮された、楽しめる作品だと思います。

【書評】「長城のかげ(長城のかげ)」(宮城谷昌光)を読んでの感想

はじめに

宮城谷昌光さんの短編集の中の作品です。
漢を興し、皇帝となった劉邦の幼なじみの男を主人公にした一遍です。

劉邦のストーリーは有名ですが、盧綰という人物に関しては、詳しく知りませんでした。
生まれた時から、劉邦と一緒に過ごしてきた人生はとても興味深いものでした。

目次

 

全体の感想

無駄のない言葉が続いて、すっと古代中国の世界に引き込まれます。
一文ずつは短いのに、心情を想像するのに全く不足しない。
むしろ、余計に想像をしてしまうくらい、人物の描写が素晴らしいです。

キーワード3選

タイトル

長城のかげというタイトルが、ストーリー全般を表すのにぴったりと当てはまっていると思いました。
盧綰が行きついた先と、人生を通してどんな存在だったかが重なる表現だな、と。

友情

劉邦と盧綰は性格的には全く異なっています。
異なる個性がぶつかるかというとそういうことでもなく、盧綰は劉邦についていくような生き方をするんですね。
幼なじみとはいえ、変わった生き方です。
古代中国の風習や社会がそうさせた部分もあるとは思いますが、二人の友情というものは環境の変化があっても維持されていきます。

劉邦

劉邦の心情というものはほとんど書かれていません。
周囲の人物が想像し、その行動を決めていたということを描いているように思います。
集団を統率する人物の周囲の人物の物語として読むと、ぐっとリアリティが増す部分もあるのではないでしょうか。

印象に残った文章

"「もっとあざやかにやれ」"

「長城のかげ」(文春文庫)より引用

劉邦が、盧綰に手柄を立てさせた後に、盧綰に対してかける言葉です。
古くからの友人に対して恩を報いたのに、素直に喜ばない人物として描かれています。
二人の距離感が描かれているようで、印象に残りました。

おわりに

とても読みやすい一遍だと思います。
司馬遼太郎さんの作品が好きな人は好きになるんじゃないかなと思います。

歴史小説が好きな方におすすめの作品です。

【書評】「ジム(王の闇)」(沢木耕太郎)を読んでの感想

はじめに

ボクサーであった大場政夫さんについて書かれた作品です。
彼は、世界フライ級チャンピオンだった23歳の時に、交通事故で亡くなっています。
その足跡を、所属ジムで世話をしていた長野ハルさんの視点を中心に描いた作品になります。

目次

全体の感想

大場政夫という魅力あるボクサーについて知ることができる作品といえます。
生い立ちから、チャンピオンになるまで、そして、事故までの経緯が書かれています。
長野ハルさんという大場さんにとってなくてはならない存在であった女性についても詳しく書かれており、日本のボクシングの歴史の1ページを読み解くような側面もあり、読み応えがあります。

キーワード3選

丁寧

長野ハルさんの語り口を用いて書かれている箇所がすごく丁寧なんですね。
本人の言葉を直接聴いているような印象を持ちました。
場面の切り替えと同時に丁寧な語り口に引き込まれます。
大場政夫のストーリーは主に長野ハルさんの言葉として語られており、リアリティを大いに感じられます。
最も身近な人の言葉だからこそ、大場さんの描写が丁寧に書かれている印象を受けるのだと思います。

視点

本作品は、大きく分けて3人の視点から書かれています。
沢木さん、長野ハルさん、そして大場さんの父親です。
沢木さんの視点は客観的なもので、あくまでも第三者からみた大場政夫を描いています。
残りの二人は、大場さんに非常に近い場所にいました。
作品中、長野ハルさんの言葉として書かれた箇所が多く、大場政夫というボクサーのボクサーとしての人生は彼女の視点から書かれています。
関係の深さや、長野ハルさんにとって大場さんがどのような存在であったかが非常に詳しく語られています。
一方で、本来最も関係が深いはずの父親との関係は複雑なものであったことが書かれています。
大場さんについて深く知る人間の間で見えているものの違いが浮き彫りになっているところは、読みどころの一つなのではないかと思います。

大場政夫

この一遍が書かれたのは大場さんの死後なので、当然ながら取材はされていません。
実際に大場さんがどのような心境であったのかは、書かれていないんですね。
複数の視点を結んだ先に浮かぶ大場政夫という人物像も、内面には踏み込んではいないと言えます。
偽りのない心情を聞き取っていないから、不足だとは思いません。
作品の奥にはまだ、すくいあげられていない事実や、想いがあったことは間違いありません。

印象に残った文章

"わたしにとって大場がかげがえのない大事な子だったとしたら、それは何よりもあの子が傑出した才能を持っていたからだと思う。"

「ジム」(文春文庫)より引用

長野ハルさんが、大場さんがもし、ボクサーとして才能がなかったとしても、同じような関係を築けたかと質問された際の回答です。
才能があって、大場さんとの思い出は成り立ったのだという言葉は、勝負の世界の厳しさを物語っています。
理想のボクサーであったからこそ、多くの思い出や強い思い入れがあったということなんですね。
深い絆がありながら、家族とは明らかに異質であったことが分かり、冷たさを感じました。

おわりに

日本のボクシングの歴史に残るエピソードを味わうことのできる一遍だと思います。
ボクシングが好きな人には是非読んで頂きたいです。

 

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【書評】「センチメンタル・ジャーニー(路上の視野Ⅰ 紙のライオン)」(沢木耕太郎)を読んでの感想

はじめに

ベルリンオリンピックの時代にボートレースに出場した選手の方について書かれた作品です。
インタビューされた内容を元にした構成となっています。
練習として参加したロンドンでのレースや、レースの舞台裏も描かれています。

目次

 

キーワード3選

ボートレース

ボートレースという競技に馴染みはありませんでした。
描写されるレースから魅力的なスポーツであるように思えました。

スポーツ草創期

何でも同じだと思うのですが、ある分野の草創期に関わった人達には大変な苦労があったということが分かります。
草創期ならではの、本場であるヨーロッパとの格差や、日本ならではの工夫も興味深かったです。

タイトル

全編、読み終わってからタイトルを見返すとさらに味わい深いなと思いますね。
若い時代をどこか客観的に観て、味わっている、そんな雰囲気を感じました。
40年以上経ってから、レースに参加したロンドンにメンバーと一緒に向かうということに関して、曇りなく肯定できているところが、清々しいな、と。

おわりに

ベルリンオリンピックの開催は1936年のことですから、80年以上前の話なんですね。
取材の時点で古い話という言葉が出てきますから、とても昔の出来事なんだと感じさせられます。
このインタビュー自体に歴史的な価値があるのではないでしょうか。

オリンピックのスポーツ草創期のエピソードとしてたのしめる一遍だと思います。